COLUMN 院長コラム

白内障手術の歴史

白内障手術の進歩により手術適応が広がり、比較的早期の手術も行えるようになってきました。今、白内障手術に対する患者さんの期待は、術後視力が出るのが前提で、見え方の質が問われる、quality of vision追求の時代に入っています。

白内障は人類の歴史とともにあった古い病気で、紀元前800年頃、インドのスシュルタという偉い先生が、外科手術の本を書かれ、そこに白内障手術の方法も述べられています(私はまだ読んだことありませんが)。

日本に白内障手術が伝わったのは、1360年前後で、インドから中国を経て伝わってきました。手術方法は、鍼で眼球を突き、水晶体を硝子体内に脱臼させていたそうです。勿論、麻酔などない時代でしたから、凄い痛みだったでしょう。一発で仕留めなければ患者さんも耐えられないので、一発で脱臼させる技術も必要だったかと思います。また、抗生物質もないので感染症もかなりの確率でおこったと予想されます。世界中で、この「墜下法」という手術が1800年頃まで行われていたようです。当時の成功率は30%前後。その後、解剖が分かってきて、角膜を切って、水晶体を取り出す「摘出術」が行われるようになりました。

20世紀も半ばにさしかかった頃、第一の革命が起こりました。1949年、イギリスのリドレー医師が人工水晶体(眼内レンズ)を発明。更に、アメリカのケルマン医師が超音波乳化吸引装置を発明。これが、第二の革命です。この二つが合わさって、ここ20年程の間に、爆発的に術式が洗練されてきました。

私が眼科医になった頃は6mm切開が主流で、白内障の強い方は10mm切開するというのが当たり前でした。ここ5年程で、折畳式の眼内レンズが普及し、3mm切開が主流となっています。

創口が小さければ何が良いのでしょうか?眼球は特殊な臓器であり、形状そのものが、視機能に直結してきます。わかりやすく言うと、眼球はまんまるで最高のパフォーマンスを発揮します。手術時に大きな切開創を作ったり、強く縫合したりといった動作を行えば、それだけ眼球に歪みが生じ、乱視が増え(術後乱視)、パフォーマンスを削ぐ結果になります。ですから創口が小さければ小さいほど、より自然な状態での手術と言えるわけです。更に、外科手術は、常に術後感染症の危険を孕んでいますが、創口が小さければ小さいほど、術後感染症を減少させられると考えられます。

最近、「白内障は簡単なんでしょ?」と聞かれる事が多くなりました。直径1cmもない水晶体を、約5μmの薄皮(水晶体嚢)のみを残して摘出し、直径6mmの眼内レンズを挿入する。はっきり言って、これは簡単な手術ではありません。しかし、先人達の努力、血の滲むような試行錯誤の甲斐あって、現在のような、患者さんに負担のかけない手術法が発展してきました。

現在でも、世界で一番多い失明原因は白内障です。世界中には約1400万人の白内障による失明者がおられます。幸い、私たちは豊かな日本に住んでいるお陰で、この文明の利器に供することができます。

今後も我々眼科医は、少しでも、患者さんに負担を掛けず、より良い術後視機能を提供できるように日夜努力を重ねていきたいと思っております。